変わるものと変わらないもの

 原稿を書いている今、「平成」が最後の日を迎えている。明日からは「令和」 という新しい元号の時代が始まる。 今 元号が変わることで時代の節目を目の当たりにしているが、時代はいつも変化し動いていると私は感じている。年々早くなるそのスピードに戸惑うことも多いが、生きることは変化すること。私自身はそう思い、柔軟に変化しながらなんとかついてゆこうとしている。
 平成の時代を振り返り、時代の変化をハッキリと感じた事は、ヨーガが世間に認知されるようになった事だ。15年ほど前にヨガブームが始まりオシャレで健康的なスポーツとして注目を集め、今は生活に根付いた文化としても認知され始めている。私が指導を始めた頃はヨーガについて話を聞いてくれる人がいるだけでも嬉しかったものだ。

 「なぜここまでヨーガが現代人に受け 入れられたのか」という事をよく考える。もちろん私自身24年前にインドでヨーガと出会い、その良さを実感し普及させたいと願った一人なのでその素晴らしさは身を持って感じているが、「なぜこんなにも広がったのか?」と少し分析的に考えてみる。 現代社会にヨーガが認知される理由はいくつか挙げられると思う。
 1つは肉体的効果がハッキリと実感できる「疲労回復・健康法としてのヨーガ」であろうか。子供から高齢者までどの年代も、未病から病気の方まで安全に行える健康の為のヨーガ。
 2つめは「美容効果が期待できるヨーガ」。適度な筋肉への負荷は美しい肉体を作る。内分泌系も刺激されアンチエイ ジング効果もある。
 3つめは「心を解放するツールとしてのヨーガ」が挙げられる。神仏に手を合 わせ我(エゴ)を手放すという習慣がなくなった現代ではいつも片手に「自分」という重い荷物を抱えていなければならない。自分の存在を忘れさせてくれる癒しとしてのヨーガ。この3つめの理由が現代人の心を捉えていると私は考えている。

 実は前回の通信に掲載したお便りに多くの反響が寄せられた。『自分がヨガを始めた頃のことを思い出した』『私と全く同じ想いを抱えられている方がおられるんだ、と思い心強かった』。
 普段あえて口に出されることは少ないが多くの方が生き辛さを抱えながら生きている。それはどの時代に生まれてもどんな場所で生きていても同じだ。お釈迦さまもおっしゃっている「人生は苦なり」と。その痛みにヨーガがアプローチできることはたくさんあると私は思っている。その可能性を追求したいと思いヨーガを伝え続けている。
 時代が変われば人々の意識も変容する。ヨーガの伝え方もそれに合わせて変化させなければならない。どのように表現すればよりヨーガの良さを伝えることが出来るのか、ヨーガの真髄を伝えることが出来るのか。時代が変わっても私自身の心を占めているその思いは全く変わらない。

 ゆめみ庵  都出志乃

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